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【アーカイブ02】女性の学びを多様な仕掛けで支える・かわのゆみこさん

(取材先のご許可をいただいた記事をアーカイブとして公開しています。記事内の情報はすべて取材時の情報となります)

 

女性の学びを多様な仕掛けで支える・かわのゆみこさん

 

かわのゆみこさんは、2021年6月、20年にわたり代表理事を務めてきたNPO法人あっとわんの代表を降り、次世代に引き継ぎました。

あっとわんは、愛知県春日井市にある子育て支援、障害児支援(療育、相談支援)を通して、まちづくりや自立する市民の場づくりに取り組むNPO春日井市の子育て家庭を支える存在として、市民からも行政からも厚い信頼を寄せられています。かわのさんは、NPO法人の黎明期にあっとわんを立ち上げ、その後20年以上その活動に取り組んできました。

 

かわのさんは、現在、あっとわんの理事を務めつつ、夫と二人で開いた古民家カフェの経営や、子育て世代の女性を中心とした人材育成事業など、精力的に活動をしています。「でも、いつも、やっていることがわかりにくいって言われるんですよね」とかわのさん。かわのさんが現在やっていること、そして目指しているものをお聞きしました。

 

◆古民家カフェは「やりたいこと」というよりも「やると決めたこと」へのチャレンジ

かわのさんは現在、毎週金曜日~月曜日は古民家カフェ多鞠庵(たまりあん)の運営、それ以外は様々な講座、セミナー、勉強会の企画や講師として活躍しています。

 

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古民家カフェ多鞠庵

2020年7月、コロナ禍の中、ゆるりとオープンした多鞠庵は、ランチとスイーツを中心にした古民家カフェ。客層は地元の方を中心にしながらも、遠くからわざわざかわのさんに会うために訪れる方もいらっしゃるそう。企業で長く商品開発に携わっていた夫の早期退職がきっかけで、二人でなにかできないかを考えた結果、始めたのだと言います。

 

8年ほど前から、あっとわんの次世代継承を考え始めたかわのさん。代表を次世代に譲った後は、個人で女性の新たな学びの場をつくりたいと考えていました。その準備として3年ほど前に名古屋市内で、女性たちが気軽に学ぶことのできるサロン的な場を構えようとしていた矢先に夫から打ち明けられたのが、早期退職をするということ、そしてセカンドライフは二人で一緒に何かをやりたいという構想でした。

 

「それまで二人で一緒に何かを立ち上げるなんて、考えたこともなかったのでびっくりでしたよ(笑)。そもそも夫とわたしは全くタイプが違う。でも、新しい場でなにかをやるっていうのは、新しい人に出会えるということだし、まぁ、それもありかなと思うことにしました。」

 

二人でいろいろとアイデアを出し合いながらたどり着いたのが、古民家カフェ。夫が和食を中心とした家庭的な料理をつくり、かわのさんがスイーツを担当しています。

「いろんな方に“料理やスイーツづくりがお好きだったんですね!”って言われるんですけど、実は全然違います(笑)。好きなことを極めて起業する方もいらっしゃるけれど、うちの場合は自分たちのできることを考えていったらこうなったという感じ。わたしも夫も、自分の好きなことにこだわりたいっていうよりも、自分たちにできることは何かを考えて、よりよくするためのシミュレーションをして、チャレンジしてみるのが好きっていうことなんでしょうね。夫とわたしは、性格もこだわるポイントも違うんですけど、そうやって事業を組み立てていくやり方は自然と共有していたので、よかったなと思っています」。

 

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 今後は、カフェの空き時間に、新しくなにか始めたい人や、組織や事業、地域づくりの悩みを持つ人の相談に乗れるようなしくみも考えていきたいと考えています。

 

「これまでも、たくさんの女性たちの相談にのってはきたんですけど…、こちらは簡単にいつでも気軽に相談してね、と伝えるんですが、相談する側からしたら、やっぱり相談って敷居が高いんだなって感じることもあるんです。カフェでだったら、本当に気軽に立ち寄ってもらって、コーヒー一杯飲んでもらう間に、ちょっとした悩みや愚痴も聞けると思って。学びの場づくりももっとしていきたい。ただ、カフェを回しながらっていうことを考えると、きちんと段取りしないといけないし、やり方も考えていかないとと思っています」。

どんなときも、きちんとシミュレーションをして、準備を重ねるということ。そして、「やりたい気持ち」にこだわりすぎず、「やると決めたことをどうしたらよりよく、より上手くやれるか」を考える。そんな“かわの流”が、このカフェ運営にも大いに活かされているようです。

 

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◆誰かと何かをやるときに必要な「作法」を学ぶ場として

かわのさんが本格的に女性の学び場づくりをはじめたのは、2013年頃のこと。その時にはじめたソーシャルプランナー育成支援講座も2021年には17期を迎え、たくさんの女性たちが「社会のしくみや物事の捉え方」を学んできました。 かわのさんがずっと大事だと考えているのは「自ら行動を起こし、よい循環を生み出す人材が地域の中に増えていくこと」だと言います。

 

「それはもう、あっとわんの時代から何一つ変わっていません。あっとわんの理念は“自立する市民の場づくり”。事業としては子育て支援や療育に取り組んでいましたが、自分たちのやっていることは、まちづくりであり、人育てだと思ってきました」。

 

ただ一方で、そのために必要な学びを得られる場がまだまだ少ないとも感じています。わたしたちの社会は、たくさんの「制度」や「しくみ」に囲まれていますが、普通に生活しているだけでは、その枠組みは見えてきません。例えば、医療費や保育料ひとつをとってみても、改めて考えてみると、どうしてこういう形になっているのか知らない人も多くいます。

 

「こうした社会のしくみや物事の枠組みを知ることは、どんなことにも歴史と背景があるということを知ることにつながります。それを知らないと、目の前の出来事や誰かの対応に一喜一憂して振り回されてしまいます」。

形式的な知識ではなく、物事を俯瞰的に、そして客観的に見る目を養うことは、事業や地域活動でも必須の視点なのです。

 

ソーシャルプランナー®育成支援講座で学ぶ内容は、子育て支援の歴史や背景、発達障害の基礎知識、感情ではなく行動に着目する行動分析学という心理学の考え方、自分自身の強み、企画や事業構築、組織運営のための基礎知識と多岐に渡ります。

「だからわかりにくいって言われるんですけどね(笑)。でもこれらはすべて、“誰かと何かをやるためには絶対に必要な基本的なお作法”だとわたしは思っているんです」。

 

例えば、自分の思ったような反応が返ってこなかったとき、自分が望むような結果にならなかったとき。誰かを、あるいは何かを責めるのではなく、相手の事情や背景にも想いを馳せながら、未来に向けて自らの適切な行動を決められることが、社会によい循環を起こすのだとかわのさんは考えています。

 

「女性が学ぶことができる場は、ひと昔前に比べればずいぶん増えています。でも、こうした基礎の基礎を改めて学ぶ場がないし、これは一人で本や資料を読んだら理解できることでもないと思うんです。一緒に学ぶ仲間がいて、刺激し合いながら学べることが大事なんだと思います」。

 

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◆人生になにひとつ無駄なことはない。だからこそ土台になる学びを

かわのさんがこのように考えるようになったのは、自分自身がもがきながら学び続けた経験があるから。実は、かわのさんもあっとわんを立ち上げて数年後、組織運営の困難に直面し、組織を閉じてしまおうかとまで考えたことがあると言います。

 

「それまでも、いろんな書籍や研修で、組織運営のことは学んでいましたし、ある程度自分たちはできているって思っていたんですよね。でも、組織の存続にかかわるような出来事が起こってしまって…。それをきっかけに、改めて法人の理念や事業を見直して、研修やワークショップを行うようになったんです。そうしたら、結構な数のスタッフが、それぞれの事業を何のためにやっているのか意識していなかったり、理解していなかったことに気づきました。今までさんざん、言ってきた、伝えてきたと思っていたんですが、それはあくまでもこちらの“つもり”だったんだと知って…本当にショックだったし、スタッフに申し訳なかったと心から思いました」。

 

もう一度、原点に戻り、組織を一から見直そう。そう心に決めたかわのさん。どうしてこうなってしまったのか、そしてもう二度と起こらないためにはどうしたらいいのか。そのヒントを求めて、多くの人にアドバイスを求め、また多方面の情報を集めながら考えてきたのだそうです。

 

「その中で、改めてNPOの運営のバイブルともいわれる故・加藤哲夫さんの本を読んだりしたのですが、改めて、自分たちは何もできていなかったと痛感させられました。できたと思っていた過去の自分が本当に恥ずかしくて」。

 

地域からの「あっとわんは地域になくてはならない存在だ」という声にも背中を押され、かわのさんはもう一度、一から事業と組織を見直そうと心に決めました。

「それでダメだったらもう止めようと覚悟をして。改めて、何のためにやるのかという理念や目的を見直し、組織内のしくみやコミュニケーションもすべて見直しました」。

そうすると、組織の中にいかにたくさんの曖昧さがあったか、事実を踏まえずに雰囲気でコミュニケーションをとっていたかを痛感させられたのだそうです。それを一つひとつに向き合い、何がダメなのか、どうすればいいのかを考え続け、実践し続けてきました。

 

大学院で「女性の自立の学び」を社会・生涯教育の視点から研究し、行動分析学という心理学の分野を本格的に学ぶことになったのも、この出来事がきっかけになったというかわのさん。

「本当にしんどい出来事でしたが、今思えば、あの出来事があったからこそ、今の自分がある。できている、わかっていると思い込んでいたあのときのまま来てしまったら、一体どうなっていたんだろうと考えると恐ろしいとすら思います。どんな経験にも無駄はないと心から思います」。

 

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◆学びの場づくりを通じて「よい循環を生み出す人材」を生み出す

どんな出来事も、成長と進化のきっかけになる。それは、かわのさんの実体験から導き出された揺るぎない想いです。でもそのためには、土台となる考え方や学び方が必要不可欠なのです。

「いろんなことをちょっとずつ、つまみ食いするかのように、表面的な知識を得ることに留まっている人もいます。それは本当にもったいない。どんな分野も様々な流派や手法があるので、それは好みで選べばいい。でも、学ぶのならば、その本質まで学ぶことが必要だと思います」。

 

本当の学びは、ごくシンプルなものだとかわのさんは言います。自らの不安を誤魔化すようにあれもこれもと手を出すのではなく、学ぶのならばしっかりと、その本質や原理原則を自らの中に落とし込むことが大切なのです。

 

自分なりの軸を持ち、目の前の出来事に一喜一憂しない。未来に対する最善手を考えて、不確かな感情や思い込みに振り回されることなく、よりよい行動を選択する。その繰り返しが人生を豊かにし、またそんな人が増えることで地域はもっと楽しくよいものになる。

 

古民家カフェでの取り組みも、人材育成のための学びの場づくりや個別のコンサルティングも、そんな人を増やし、活躍することを後押しするためのもの。かわのさんの取り組みは、多岐に渡るように見えながらも、その根底に流れるものはとてもシンプル。だからこそ、多くの人を惹きつけ、これからもその背中を押し続けていくのでしょう。

 

取材日:2021年7月

取材・文:きくとかく 久野美奈子

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